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2003年07月28日 (月曜日)

阿多さんの卒業を祝う会

阿多さんがMicrosoft KKを卒業して一ヶ月が経とうとしている今日、有志だけで「阿多さんの卒業を祝う会」を京王プラザホテルで開かれた。

阿多さんとの最初の出会いは、1-2-3とExcelで対抗していた時だが、いまの会社を作ってからは一貫して個人的にも会社としても支援していただいていた。阿多さんもまだまだ若く、もうしばらくは体制継続と思っていただけに、最初にニュースを聞いたときはショックだったが、阿多さんのことなのでまた楽しい仕事を始めるだろうし、そうしたらまた一緒に仕事をさせて欲しいと考えていた。

この会で初めて阿多さんの次の仕事が発表された。それも、なんと挨拶に立った孫さんの口から。「ソフトバンクBB」。正直な第一声は「えええぇぇぇぇ!?」だった。本当?なんか、孫さんが「面白いこと一緒にやりましょうよ」とささやいている光景が目に浮かぶようだ。う~ん、にわかにはピンとは来ないが、今日のところは、阿多さんの新たな門出を素直にお祝いしたい。

2003年07月16日 (水曜日)

なんか変だよ情報産業政策

データベース振興センターの主催でG-XML講演会が霞ヶ関で開催され、その中で「XML/Webサービスの動向」を話した。懇親会まで出席の約束になっていたので、私の後の、経済産業省の久米さんの話も聴いた。久米さんは、昨今オープンソースの推進者として名前を聞いていたが、直接話を聴くのは初めてである。話を聞く中で、「今後はソフトウェアライセンスがどんどん無料化していくので、日本のソフトウェア産業はサービスで儲けていくべき。」という趣旨の発言には賛成できなかった。

そこで、講演が終わってから、久米さんをつかまえて「ソフトウェアパッケージこそが国外での影響を及ぼしうる形態ではないか、フリーソフトを推進するということは知財立国に反するのではないか」と問うたところ、「パッケージソフトは、IPAで10年以上支援してきたが結局モノにならなかった。これからはサービスの時代だ。」という答えだった。時間がなかったので、一問一答で終わってしまったが、経済産業省がソフトウェアライセンスの無力化を推進するのはやはりおかしい。IPAでダメだったのは、パッケージソフトがダメなのではなくて、やり方がまずかったということではないのか。マイクロソフトやオラクルといった米国企業が勝つモデルのルールを変えたいという意図はわかるが、国内の情報産業をサービスで成り立たせようということは、守りにはいるということにほかならない。