2007年06月23日 (土曜日)

おかげさまで東証マザーズに上場しました

 おかげさまで、インフォテリアは昨日(6月22日)東証マザーズに上場しました。

 1998年9月1日の創業から8年と9ヶ月。この日を迎えることができたのも、お客様、株主の皆様などこれまでご支援をいただいたすべての方々のお陰であり、深く感謝し、御礼申し上げます。また、創業からこれまで、一緒に頑張ってくれたインフォテリアの卒業生を含めた全メンバーと、メンバーを支えていただいた家族の皆様への感謝の気持ちでいっぱいです。

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2007年05月01日 (火曜日)

PASMOに感じる価値の激変

 3月18日に首都圏で「PASMO」が始まってから1ヶ月半ほど経った。

 「Suica」と同じようにケースから出すことなく使えて、しかも「Suica」と共用できる「PASMO」は大変便利だ。「PASMO」以前は、地下鉄に乗るときにいちいち名刺入れや財布から「パスネット」を取り出して改札に通してと大変不便だった。

 しかし、考えてみると、私が今「大変不便」と言った「パスネット」も、つい7年足らず前の2000年10月に始まったときには切符をいちいち買わなくて良くなったことで、「とても便利」と感じたことを思い出す。そう「便利」だと感じていたものが「不便」と逆の価値に変わっているのだ。この事実からあらためて気付かされるのは、そのモノは全く変わらないにもかかわらず環境の変化によってそのモノの価値は大きく変わってしまうということ。

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2007年04月26日 (木曜日)

パートナーキックオフミーティング

 昨日、毎年恒例のパートナーキックオフミーティングを行った。

 今年は、123名もの登録をいただき、これまでの会場であった新宿の某会場では入りきれない状況となり、品川カンファレンスセンターでの開催となった。

 今年の目玉は、1月に発表した@WARP。今回ご参加いただいた人数が増えたのも@WARP効果だ。今年度一年間をパートナーの皆様とともに充実した実りある一年とするためにインフォテリアが考えていることについてお伝えするとともに、100名近くご参加いただいた懇親会では忌憚のない意見を聞かせていただいた。

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2006年06月14日 (水曜日)

挑戦!20代起業の必勝ルール

友人の藤末が本を出した。これまでにも何冊か上梓しているが初の専門書ではない本だ。

タイトルは「挑戦!20代起業の必勝ルール」。「なんだ俺には関係ないな」と思った人、それはハズレです。実は、この本は、仕事を成功させるための秘訣がいろいろと書いてある本だ。新しいプロジェクトを始めたり、新しいプランを計画・実行したりすることも、ある意味で起業のミニ版のようなこと。仕事をうまくいかせるために大事なことはそう変わらない。

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2006年05月01日 (月曜日)

PASMOに感じる価値の激変

 3月18日に首都圏で「PASMO」が始まってから1ヶ月半ほど経った。

 「Suica」と同じようにケースから出すことなく使えて、しかも「Suica」と共用できる「PASMO」は大変便利だ。「PASMO」以前は、地下鉄に乗るときにいちいち名刺入れや財布から「パスネット」を取り出して改札に通してと大変不便だった。

 しかし、考えてみると、私が今「大変不便」と言った「パスネット」も、つい7年足らず前の2000年10月に始まったときには切符をいちいち買わなくて良くなったことで、「とても便利」と感じたことを思い出す。そう「便利」だと感じていたものが「不便」と逆の価値に変わっているのだ。この事実からあらためて気付かされるのは、そのモノは全く変わらないにもかかわらず環境の変化によってそのモノの価値は大きく変わってしまうということ。

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2004年08月18日 (水曜日)

日経に記事掲載 そしていつもの・・・

今朝の日経本紙(11面)に、インフォテリアの海外展開についての記事が掲載された。実は、米国展開はXMLツールでの展開から2回目の挑戦となる。今回は、日本から責任者を送り込んで開始する予定だが、一昨年のテロ以降、米国ビザの発給はかなり厳しくなっている。(参考記事

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2004年08月12日 (木曜日)

日本文化の「い・ろ・は」

今日、個人アカウントに来たメールで「日本文化いろは事典」の存在を知った。外人に日本文化を説明できなかった経験から、日本の文化をキーワード毎に理解を深めようという趣旨で先月開設されたらしい。

同様の目的を持ったサイトとしては「日英対訳 日本文化キーワード事典」が老舗だが(Wayback Machineによると、1998年には存在している)、この新しいサイトの特徴は、全てのキーワードに「い」「ろ」「は」をつけていること。つまり「い」=意味(目的・特徴など) 、「ろ」=論理(起源・由来・歴史など) 、「は」=ハウ・ツー(作法・形式・方法・作り方など) が付いていて、そのキーワードについて幅広く知ることができる。

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2004年06月18日 (金曜日)

Bluechip Customers / Groove Networks

v3.0リリース間近のGroove Networksを訪問。Microsoftが、Grooveの主要な株主でありながら、P2Pに関して独自技術を重視する戦略へシフトしていることで、Grooveの立場は厳しくなっているという。某担当者曰く「まだ利益が出ていないのはご存知の通りだが、また黒字化へのチャレンジが増えた格好だ。我々は既に多くの優良顧客(Bluechip customers)を持っていて製品の有用性は証明されている。しかし、優良顧客があるということと利益がでるということはイコールではない。」

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2004年05月15日 (土曜日)

健保指定人間ドック 〔今日のブランチ〕

今日のブランチは、TSK(東京都小型コンピュータソフトウェア産業健康保険組合)の人間ドックのランチだ。人間ドックで朝食が食べられなかったので、自動的にブランチになってしまった。人間ドックのランチとはいえ、刺身、カニ身の入った煮物、季節の揚げ物、おかゆ、味噌汁、おしんこ、フルーツという豪勢な内容だ。

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2004年05月09日 (日曜日)

Google IPOのやり方は良くないのか? (企業戦略とコーポレートガバナンス)

GoogleのIPOについての梅田さんの記事が話題になっている。

GoogleのIPO申請、そのやり方に異議あり (抜粋:CNET Japan)
これまでの「公開企業の資本構造のルール」に則って、粛々と株式公開するので、何が不足なのか。Googleの唯我独尊的経営思想をチェックする機能を、どうしても「株式公開」時に、コーポレートガバナンスの形で、構造的に組み込まなければならない。再度、結論を言う。僕は、この株式公開申請のままGoogleがIPOすることに、反対の意を表明する。

しかし、私は、彼らのチャレンジを買っている。私が「前例のないこと」にワクワクする性格だからというだけではない。私自身もベンチャー企業の経営者として、どのようなIPOにするのかは創業時からの課題である。資本政策、株主構成、取締役構成、商法改正への対応など、考えなければならないことは数多い。これらのことについては、専門家も多くテクニカルな議論になりやすい。しかし、これらのことを考え判断をする上でも忘れてならないのは、「成長し、良い業績を上げるため」という視点である。

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2004年04月30日 (金曜日)

焼魚定食 〔今日のブランチ〕

近くの居酒屋「じゃんけんぽん」の焼魚定食。

今日は、決算監査をやっていただいている監査法人の人と。うちの会社では以前に一度監査法人を変更した。

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2004年04月28日 (水曜日)

社長いる? (サラリマーン川柳)

第一生命が毎年恒例でやっているサラリマーン川柳の第1位。

「課長いる?」返った答えは「いりません!」
おもわず、「社長いる?」とやりたくなったが、「社長いる?」は、別の切り口で以前から実際に思っていたことでもある。

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2004年03月29日 (月曜日)

事業計画とは、夢に日付を刻むこと

今週で2003年度が終了する。

・・・が、一息つく間もなく、この木曜から新年度が始まる。2004年度の予算も取締役会の承認を受け、さらに2007年度までの事業計画書を書いているところだ。基本的な方向性は、年初から幹部会議で練ってきたが、実際に「計画書」に落とすとなると、また時間のかかる作業ではある。書いている間に夜が明けるようなこともあるが、それはそれで楽しい。誰が言ったか忘れたが、「事業計画とは夢に日付を刻むこと」だということを、ときに実感しながら将来に思いを馳せてみる。

2004年03月18日 (木曜日)

バイアウトを活用して外に出た日本企業の40代

なんというタイミング!

ちょうど「日本の40代はMBOを活用してMiddle Risk, Middle Returnを目指そう」という主旨の梅田さんの記事(昨日掲載)を読んで「そうそう!」と思っていたところだったのだ。

日本企業の40代に提案-バイアウトを活用して外に出よう (CNET Japan)
40代ミドルはトップと結託して、「選択と集中」の議論を深め、戦略的な子会社経営のあり方や、周辺事業の取り扱いを明確化すること。そしてその上で、外部資本をレバレッジして、マネジメント・バイアウトを戦略的に志向し、ただ企画するだけでなく、自らも事業や子会社と一緒に外に出て行くという道を、1つのキャリアパスとして模索するべきなのである。

一通のメールを今朝もらった。内容は、翼システムの内野さんが翼システムの帳票部門をアドバンテッジパートナーズと組んで事業部ごとMBOし「ウイングアーク テクノロジー株式会社」を設立するというものだ。現在同社の情報企画事業部部長で、新会社の代表取締役社長となる内野さんは、翼システムの帳票ソフトをここまでに育て上げた立役者だ。パッケージソフト業界のセールス・マーケの人なら内野さんを知らない人はいないくらい精力的に活動していた。まさにこのケースは、梅田提案の言う「40代」の「内部に精通した有能なミドル」が、「売上高が既にある程度のサイズになっている事業」を外部資本と結びついてMBOした典型的な例と言える。

早速内野さんにお祝いの電話を入れると、「ありがとうございます!」と、いつもの元気な声。最近は、帳票ソフト部門は大きく伸びながらも会社全体では、いろいろと課題を抱えていただけに、自らの翼を得た内野さんの世界への羽ばたきを期待せずにはいられない。

2004年03月16日 (火曜日)

学んだ証は変わること

「学んだ証は変わること」

これまでにも耳にしたことのある言葉だが、今日はこの言葉が響いた。

日立システムアンドサービスの教育人財部長に新しく就かれた二和田さんに挨拶に伺った。4,000名を超えるSEを抱える会社の教育の責任者だ。私は、本業のソフトウェア開発ではなく、XMLの教育とXML技術認定制度(XMLマスター)の責任者としての立場での訪問だ。

「教育も資格もいろいろあるが『知っている』だけでは何の役にも立たない。使わなければ役に立たないのだ。学んだ証は変わることだ。変わらなければ学んだことにはならない。だから教育制度と人事制度は関連付けない。資格手当や資格取得による人事評価など一切やらない。もし本当に『学んだ』のであれば、その人の行動が変わるはずであり結果がついてくる。そうすれば、評価にも給与にも反映される。」 

技術認定制度に関わっていると、いろいろな会社の担当の方から、修了、認定、資格といったものをいかに評価するか、人事制度に組み入れるかといった話を聞くことが多い。それをアメにしたりムチにしたりして社員教育を進めようということだ。私も、そういう話を聞いて社員教育とはそういうものだととらえていたのだが、教育のなんたるかを二和田さんに学ばせてもらった思いだ。・・・おっと、学んだということは・・・。

2004年03月06日 (土曜日)

Low Risk, High Return の Japanese Eliteとは

これは、shintaroさんのコメントへのコメントだが、コメント欄ではイメージやquoteを使えないので、「私の意見」ではないのだが、エントリを使うことにする。

私がJoiの講演(2003/5/7@XMLコンソーシアム)から引用させてもらった「Low Risk, High Returnのグループ」=「Japanese Elite」の実際の内容だ。以下は、Joiの講演の該当部分の引用(要約、本人了解済)である。

Click for large imageアメリカの西部劇では、だいたい悪い奴が出てきて、Sheriffが悪い奴を捕まえる。そして、みんながその悪い奴をリンチにしようとするとSheriffは「待て」と言って裁判にかけさせて処罰する。このprocessにこだわるところが、いかにもアメリカ的なJusticeだと思う。日本では、水戸黄門というおじいちゃんがいて、ちゃんばらしているところに突然印籠を出す。そうすると良い奴も悪い奴も「ははーーっ」とひれ伏す。そこで何故ひれ伏すかということをアメリカ人には説明できないが、我々はすんなり受け入れられる。 これは、日本には「お上」というのがあって、「お上」がくればなんとかなる、とにかく「お上」に従えばいいという文化が我々の中にあるということだと思う。日本のEliteにも同じようなところがあって、Eliteはなぜ偉いのかわからないけど、とても偉いんだということを受け入れている。recursiveな「偉いから偉いんだ」という要素が多々ある。日本のトップ4%の大学が、日本の上場企業の社長の32%をおさえている。こういうEliteが中心にいて、リスクを取らないでそういうポジションに入って大企業のトップをやってると、なかなかinnovationとかdemocracyを推進するような立場にならないのではないか。日本は戦後一度purgeがあってリセットされたが、以降日本には偉い人は増えている。一旦偉くなった人が偉くなくなるケースは少ない。トータルな比率からすると偉い人は増えていてLow Risk, High Returnのエリート層が増えている。

Click for large imageこの絵は、riskとreturnの関係の図。左下から右上に伸びている黄色い線がoptimal return。リスクをたくさんとるとリターンも大きくて、リスクを取らないとリターンも低いという線で、基本的にはこの線上に乗るべきなのだけれども、日本は偏っていて、Eliteの人たちがいっぱいいて、リターンは高いけれどもリスクは少ない。その分リスクとっても失敗するかもしれないベンチャーは少ない。下請けみたいな会社というのは、リスクは少ないけど、それほどのリターンはない。Eliteになれば、特に何も貢献してなくてもEliteとしてきっちりしているだけで、高いリターンがある。日本は、そういうEliteをたくさん育てている中で、risk takingな人たちはなかなか育たない。なぜなら、こういうdistributionがあれば、当然Eliteの箱に入ったほうが賢いわけだ。それをバランスして黄色い線の上に揃えていく必要がある。しかし、例えば「揃えていく必要がある」と言ったって、私の話を聞いてEliteの人たちが、「はいわかりました。みんなに譲ります。」というのはありえなくて、結局革命でも起きないと変わらない。

引用としての正確さを期すために、講演のビデオを再度見て要約したが、あくまでも私の要約なので、本人の趣旨と違うところがあるかもしれないことをあらかじめお断りしておく。

2004年03月04日 (木曜日)

青色発光ダイオード裁判問題再び

日経BizTechで、再び青色発光ダイオード(青色LED)裁判問題が取り上げられた。

以前のエントリで言いたいことは書いたつもりだったが、もう一度ひとつのオピニオンとして書く。言いたいことは3つある。

(1) 人物と問題を切り離して議論しよう。
(2) 前提を把握して議論しよう。
(3) リスクとリターンの問題を理解しよう。

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2004年03月02日 (火曜日)

必要な情報を得る最良の方法

「情報の洪水の中からどうやって必要な情報を得ているのですか?」

このようなことをたまに質問される。今日も。だいたいが「仕事柄すごく忙しくて、情報を探している時間も整理している時間も無いはずなのに」という前置き付きだ。逆説的かもしれないが、私はこう考えている。

必要な情報を得る最良の方法は、自ら情報を発信すること。

情報を発信するところに情報は集まってくる。しかも、自ら情報を発信しているから、その話題や論点でフィルタリングされた情報が集まってくるのだ。私の周りの頭脳が、私が気にしていることを気にかけてくれ、そのアンテナにひっかかると知らせてくれる。それは、時にはメールで、時にはチャットで、時には飲み屋でといった具合だ。そして、それはGive & Takeだ。「アンテナを高くする」という言葉があるが、聴取するアンテナだけを高くするのではなく、東京タワーのように発信するアンテナを高くすることで効果が発揮できるに違いない。私自身はまだ修行中だが、この情報過多の中で必要な情報に敏感でそしてうまく整理し活かしている人は、意識的か無意識かにかかわらず、この側面があると確信している。

2004年02月15日 (日曜日)

「思い切り」より「開き直り」

御手洗さんに刺激されて青色発光ダイオード判決の件を書いたら、前日にCNETでエジケンが同じ話題を取り上げていたのに気づき笑ってしまった。^^

そのエジケンのBlogのトラックバックをたどったら石橋さん(現時点では知り合いではない:-)の、Blogで、「起業に必要なのは『思い切り』より『開き直り』」と書いてあった。同意。

「橋の下に住むことになるかもしれないから」としょっちゅう妻に言っている。起業初期のメンバーには「一年後には会社はないかもしれない」と言っていた。これらは、先に言い訳しておくという免罪符的意味合いではなく、私と同じ「覚悟」を持ってほしいという意思表示だ。言っておいたから、橋の下に住んでもOKとか、一年後に会社潰してもOKということではなく、それくらいの「覚悟」を共有したいということだ。この「覚悟」を石橋さんは「開き直り」という言葉で表現している。私自身の楽観的性格からすれば「覚悟」という深刻な言葉より「開き直り」の方がより理解してもらいやすいのかもしれない。

青色発光ダイオード判決と研究者・技術者の起業

私も青色発光ダイオード判決に疑問を持つ一人だ。

実際、2月3日の記者会見の冒頭を使って私の見解を述べさせていただいたのだが、御手洗さんが私に近い見解を書いているので、私も再度ここに述べさせてもらうこととする。

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2004年02月03日 (火曜日)

記者説明会

会社の一年の方針を説明する記者説明会を実施した。

今年は、例年より少し遅く、ちょうど節分の開催となったので、記者の方々の無病息災を祈念してお土産は「豆菓子」にした。以前、「ちょっとでぱって形が悪いが中身は一流」という比喩で熊本名産の「デコポン」をお土産にしたところ評判が良かったので、今年もというアイディアも出て一応田舎から調達した。しかし、話と全く関係なく「デコポン」にするわけにも行かないので、これはボツにして社員で食べた。:-)

さて説明会のほうだが、会社が5年の創立期を経て、次の5年に向かう重要なポイントでの説明となり気が引き締まった。NECの緊急記者会見と重なったにもかかわらず、18名の記者の方に参加いただき、2003年の総括とこれまでの方向性と戦略を話した。
新しいチャレンジとして「Graphical Language」というテーマを話した。システム構築からTextualプログラムミングを無くしましょう!という話だ。大きなテーマなので、一企業のテーマとしてはピンと来なかった記者の方も多いかもしれない。その中でも日経BPの永来さんからは、突っ込んだ質問をいただきちょっと期待:-) どう反応が出るか楽しみにしておこう。

2004年01月26日 (月曜日)

Pina流社名命名の鉄則

元大塚商会の川崎さんと昼食を取った。

営業コンサルの会社を始めるという。社名は「MIPアシスト」で「エム・アイ・ピー・アシスト」と読む。Motivation, Innovation, Processの略なのだそうだ。まずはめでたい!
しかし、めでたい話なのだが「社名がイマイチですね。」と、水を差すようなことを正直に口にしてしまった。なぜか?私の企業命名の鉄則に反するからだ。相手が川崎さんなのでストレートに言ったが、シャイな私が他の方に言えるかどうかわからないので、ここで、私流の企業名のつけ方の鉄則を書かせてもらう。

それ自体に意味があること

⇒アルファベット3文字をそのまま読ませるのは最悪。アルファベット3文字にほとんどアイデンティティは見出せない。

「株式会社」「有限会社」は、後付にすること
⇒アイデンティティは、「株式会社」ではなく社名のはず。「株式会社」を強調したいなら別だが。たとえば、パーティの献花で社名が「株式会社」しか見えてないケースなども起こる。

インターネットドメインが取れること
⇒登記所の類似商号検査なんてどうでもよい。もし類似商号があっても他の地区に行けば登記できるののだから。それより重要なのは、.comや.co.jp/.jpなどのドメインが取れるかどうかだ。

社名は短くすること
⇒短いほど良い。英語でズラズラと長~い社名も良く見るが最悪だ。覚えてもらわなくて結構ですと言っているに等しい。子会社の場合は仕方が無いが。

50音順で上にあること
⇒これは、どこでもいわれていることでわざわざ述べる必要はない。50音順で上の位置、あ行が良い。一番いいのは「あ」で始まることだ。これは英語でも「A」となり、英語表記でも有利である。「おたくは良く社名が出ますね」といわれることがある。例えば10社でなにか実施したときに社名は通例50音順になる。その際に当然うちの社名は1~2番目にくることが多いのだ。記事になったとき単純に最初の3社をピックアップし「~など」とやられた場合でも社名が出るケースが多い。社名が多く出るのは偶然ではない。

とにかく、企業は大きかろうが小さかろうがアイデンティティを持たなければ独立している意味がないと考えている。大企業ほどCI(Corporate Identity)などといってアイデンティティを重視する傾向があるが、本当は小さいほどそれを大事にしないといけない。小さいからこそ、埋もれてしまいそうだからこそ、自分のアイデンティティをはっきりさせて存在を認めてもらうことだ。

2004年01月13日 (火曜日)

IT戦略本部への進言

とある筋からの要請で、e-Japan戦略を練っているIT戦略本部へのソフトウェアベンチャー企業の意見を内閣府に述べにいった。

内閣府の担当官2名だけかと思いきや、経済産業省から2名、総務省から2名、さらに名刺交換をしない人が後方に3名の合計9名。こちらは、アクセラテクノロジー社長の進藤さんと2人なので、ちょっと気後れする雰囲気だ。

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2003年11月09日 (日曜日)

熊本で夢を語る

世界陸上で銅メダルを獲得した末續慎吾選手、A/Tブランドで有名なデザイナーの田山淳朗氏と熊本の鶴屋というデパートで「夢を語る」というパネルディスカッションをした。

末續選手は、もはや地元ではスターで、当のパネルディスカッションは、TV取材まで入る盛り上がりよう。とはいえ、会場は一地方の百貨店のホールで、300人入れば良いほう。私自身は、この程度の人数の前で話をするのは慣れているし、内容も「その場の雰囲気で」と言われていたので、特に緊張したり、とりたてて準備をすることもなかった。本番前、「こういうのはあまり慣れとらんとですよね~」という末續選手に「大丈夫たいっ!平常心、平常心!」と私。同じ中学校の大先輩でもある私は、先輩づらしてこう応えた。

さて、本番スタート。司会の冗談まじりの好テンポで進んでいく中で、私にも質問が振られるのだけれども、いくつも想定していなかった質問が・・・もちろん表面上は平然と答えるけれども、いつものITの話ではないし、頭の中では必死で昔を思い出したり、話を組み立てたり。結果として、話がくどくなったり、後から「こう言えばよかった」と思ったり、自分自身としては反省点の多いステージとなってしまった。

一方、末續選手は、若いながらもその受け答えたるや堂々としており、本番前の不安げな言葉を全く感じさせない。ステージが終わって、控え室で末續選手に、「緊張せんだったね?」と聞いたら、「トラックの方がもっと緊張します。」と一言。確かに。。私が、この程度の規模で「慣れてる」と豪語してみても、考えてみれば末續選手は何千人、何万人の前で衆目を集めながら、凄まじいプレッシャーの中で世界記録に挑戦しているのだった。

私は「本番が好きだ」とよく言っている。それは、その瞬間、一度だけ、やり直せない時間への覚悟と、その緊張感が好きだから。しかし、今回は、そう言っている自分から慣れによる慢心が出た反省すべき本番だった。

2003年05月08日 (木曜日)

記者説明会

午後に記者説明会を実施した。Sun Microsystemsの上級副社長の来日ブリーフィングと重なったが20名を超える記者の参加を得て、業績報告や2003年度戦略の発表などを行った。2002年度は、昨年度比2倍を超える売り上げの業績となったが、社内での事前打ち合わせの中で、株主の中には「不況の中で好調であると明言するのはいかがなものか。」との意見もあった。「いや~、うちもなんとか食いつないでいます。」くらいの方が謙虚で客受けも良いと言うのだ。「みんなが苦しんでる中で、自分達だけ好調というように見えるのはまずい。」という訳だ。しかし、このような日本の横並び意識こそがベンチャーの誕生や評価を阻害しているのではないだろうか。で、どうしたか?もちろん話しましたよ。:-)

2003年05月07日 (水曜日)

Joiの記念講演

XMLコンソーシアムの記念講演にJoiを招待した。今年のダボス会議でのプレゼンテーションをXMLコンソーシアム用にアレンジしてくれたものだが、「ベンチャー無くして、イノベーション無し」「革命でしか日本は変わらない」「Low Risk & High Returnのエリートが日本をダメにしている」ということをデータを示しながら話した。これには隣に座っていた(そして明らかに『エリート』の一員である)NTTソフトウェアの鶴保社長(XMLコンソーシアム会長)も、刺激を受けたようで、丹念にメモを取っている姿が印象的だった。:-)

2003年03月04日 (火曜日)

RED HERRING 休刊


「いよいよ」というべきか「ついに」というべきか、RED HERRINGが休刊になった。友人からも相変わらずシリコンバレーの状況は厳しいと聞いてはいたが、米国のベンチャーの旗印であったRED HERRINGの休刊にはひとつの時代の節目を感じざるを得ない。

いまの会社を始める前、米国に本社を置くソフトウェア会社に身を置いていた。もともとベンチャー企業だったその会社では、辞めて起業する者も多く、起業したCEOから「今度RED HERRING 100に選ばれたんだ!」とか、「RED HERRINGにインタビューが載った!」という話を聞くことが少なくなかった。私の知っている起業家は例外なく、RED HERRINGに載ることを誇りに思い、またそれを目指した。RED HERRINGはスタートアップ企業の登竜門であった。私自身出張のたびに必ずRED HERRINGを買い、帰国便の中で読むのを楽しみにしていた。そして日本に同様の雑誌がないことを残念に思っていた。

そのRED HERRINGが休刊する。1993年の創刊。この10年間、まさにインターネット経済の盛り上がり、バブル、そしてその衰退をともにしてきたと言える。多くの起業家が悲しむことだろう。しかし、RED HERRINGとて一企業。最終的には財務的な側面で退場を余儀なくされた。会社やメディアは消えるが、そのエディターやスタッフのSpiritは消えないだろう。シリコンバレーの、スタートアップの火が消えていないのと同じように。だから、彼ら一人一人に「さよなら」ではなくて、「See you again!」と言いたい。

2003年01月08日 (水曜日)

「赤字」は良いこと!?

上海証券取引所を訪問した。上海では、経済の力強い発展とうらはらに株価は低迷している。アジア一広いという完全コンピュータ化された取引フロアも淋しげだ。2001年には、新興企業向けの市場の創設が計画されたらしいがこれは諸般の事情で期限なし延期。国内のベンチャー経営者に聞くと、海外の市場、つまりNASDAQや日本での上場を目指しているという。現在、上海証券取引所に上場されている多くはもと国営企業で、国の株放出などの懸念が拭い去れず投資家の不安をかっているとのこと。

取引フロアの正面の大きく光る電光掲示板。説明の人が言った。「赤字で表示されているのが上昇株、緑字で表示されているのが下降株です。」「中国では、赤は共産党の色で良い色とされているので、赤字がプラスを意味します。」 それはそれで良いのだが、緑が悪い意味というのは、緑をコーポレートカラーにしているうちの会社にとっては、良くないなあ。

2003年01月07日 (火曜日)

店でも日本語を勉強

本日から上海だ。とはいえ、仕事の話はなかなか書けないので仕事以外の話になってしまう。上海は思いのほか寒い。緯度は鹿児島と同じくらいだからと甘く見ていたが、とにかく風が冷たいのだ。聞くと、やはり例年に無く寒いのだそうだ。

行く前は、上海は建設ラッシュで「世界中のクレーンの1/4が上海にある」という噂を聞いていたが、行ってみるとそれほどの建設ラッシュにも見えなかった。確かに郊外は建築中のマンションが多かったが、旧市街の浦西、新市街の浦東も建築中のビルがたまにある程度。既に多くの高層ビルが建っており、どうもこの噂は2、3年前のことのようだ。

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2002年11月01日 (金曜日)

続:ロックバンドとベンチャーの関係

昨夜偶然アントレの編集長野村さんと会った。そこで、「バンドとベンチャーの関係」の話をしたところ、野村さん、大ノリ。「しかも、社長はギターが多い!」と野村さん。「目立ちたい、女にもてたい、という共通点がある!」とのこと。う~ん、そこまでの考察はできなかったが、言われてみると否定できないなぁ。:-)

2002年10月27日 (日曜日)

ロックバンドとベンチャーの関係

ベンチャーに携わっている人には学生時代に、ロックバンドをやっていたという人が結構多い。(かく言う私も高校時代からロックバンドでギターをやっていた。:-) 思うに、学生時代に親や先生に文句を言われながらバンドをやるということ、つまり「言われたことをやる以外のところで、周りの反対を押し切って、自分で切り開いて勝負をする」というところはベンチャーに通じるところがあるような気がする。大井町の街頭ライブを聞きながら、ふと思った。

2002年10月24日 (木曜日)

あるベンチャーのクローズ

高校の同級生がシリコンバレーで始めたベンチャーをクローズするという。

日本でも注目され、マスコミでも紹介された。国内でも錚々たる顧客を抱える企業だ。私としては残念の一言。ランチででは、米国のIT不況は日本の比にならないくらい悪いと聞いた。それにしても、技術的には高い評価を受け、顧客もいる。BroadBandの普及が進みこれからビジネスの環境が整うのに何故いま?と聞いた。直接のきっかけは、2週間前に予定していた増資で、米国のリードインベスターが寝返ったことだいう。「またチャレンジしたいから、しばらく充電する」という。領域は違うものの、ITベンチャーの経営、しかもシリコンバレー vs.東京ということで、個人的にはライバル意識を持っていたやつのことだけに残念だが、次のチャレンジを楽しみにしよう。

2002年10月18日 (金曜日)

XMLベンチャー社長会

イーブリッジの岡部さんの呼びかけで、XMLベンチャー社長会:-)なるものが開催された。内容は座談会&懇親会で、参加は私以外に下記の5名。

アプレッソ 小野さん
アドス 村椿さん
アクセラテクノロジ 進藤さん
アンテナハウス 小林さん
メディアフュージョン 榊原さん

事前には知らなかったのだけど、実は座談会には某出版社が同席していて、これはいつの日か誌面になるらしい。協業あり競合ありの面白い関係の会だった。なかなか自分達だけではこのように集まることはできないので、岡部さんに感謝。
懇親会が終わって、「もう少し入りますね」ということで、小野さんと飲みに行った。私は渋谷は疎いので小野さんの行きつけのバーで朝3時まで。

2002年09月21日 (土曜日)

Capital Dance


「キャピタルダンス」
(井上尚登)を読了した。私が読むのは、技術系、ビジネス系の本が多くて、小説などはあまり読まないのだけれども、ひょんなことから著者本人と食事をする機会が合って読み始めた。内容は、ベンチャーバブルの中で戦う女性経営者「青」の話。実のところ、ありきたりの話かななどと思って読み始めたが、結構凝ったストーリー展開で楽しく読了することができた。
書中に出てくる自転車で通う女性経営者やガラス張りの会議室そしてベンチャーコミュニティーのリーダー格の経営者などが出てくるが、明らかに南場さん、松本さん、小池さんがモデルだということがわかる。ただ、人物とかオフィスがモデルになったいるだけでストーリー展開は全然違う。そして最後の・・・うーん、さすがに想像しない展開でGood。たまにはこんな本もいいね。

2002年09月10日 (火曜日)

ADOSのCTO権さんの辞職に思う

話を聞いたときは驚いた。
XMLツールベンダーのADOSのCTO権(クォン)さんが辞めた。
権さんから直接連絡があった。「辞めたので会いたい」と。実はちょうど1ヶ月前の話だ。今日で、権さんとの約束の「時効」が切れた。文字通り、会社を作り上げてきた中心人物だったので、とても驚いた。
権さんは20年来の友人である。曰く「社長との信頼関係が決定的に崩れた。」 社内的なこともいろいろ話してくれたが、まあ、一方的な話を書いても仕方がないので省く。ただ、権さんの最大の心配事は、韓国と中国から連れてきた10人を超えるエンジニアの今後だ。権さんは、以前ソウルでソフトウェア開発会社を経営しており、アジア圏のエンジニア人脈は豊富で、ソウル大卒、北京大卒などの優秀なエンジニアを招聘していたのだ。しかし、ビザの問題や言語の問題があって、いざというとき彼らの国内での転職は簡単ではない。。。このようなハードルが下がって、国を問わず多くの優秀なエンジニアが国内で活躍できるようになれば、シリコンバレーのような活気が少しは国内のソフトウェア業界にもたらされるのかもしれない。

2002年09月09日 (月曜日)

官庁プロジェクト

私はかねて官主導のソフトウェア振興策として代表的なIPAのばら撒き政策を「ソフト産業の農業化を促進する」と問題提起していた。これは既にいろんなところで批判されて形態も変わったのでいまさら論じる気はないが、とにかくアイディアだけで実用性や競争力のないソフト開発だけして終わりというパターンがあまりにも多かったのはダメだった。そのようことで官批判と思われがちな私だが、電子政府関係のシステム構築関係については、実際に稼動するシステムだし、XMLをベースとして多くの人の役に立つ仕事なので、喜んで取り組ませてもらった。

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2002年09月06日 (金曜日)

サイボウズ ガルーン:名前の由来

サイボウズ ガルーンの名前の由来をはじめて知った。
「つながる」「ひろがる」「おてがる」・・・「がる、がる、がる」で「がる~ん」になったらしい。COOの青野さんから聞いたからデマではない。青野さん曰く「ベタですげど・・・」、さすが関西出身らしい楽しいネーミングだ。

今日、サイボウズガルーンの製品発表会に出席した。愛媛県の「いよかん大使」の高須賀さんに敬意を表してみかん柄のネクタイをしていったのだけど、本人は気がつかなかっただろうなぁ。それにしても、新製品発表当日に敗訴判決報道はイタかった。めげずに「皆が欲しがる」「使いたがる」そして「売上げ上がる」製品になって欲しい。